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MUSIC / HARMONY / DESIRE

トリスタン和音はなぜ欲望と結びつくのか?

ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》の冒頭で、チェロの旋律に続いて鳴る和音は、すぐに安定した響きへ閉じず、次の音を待たせます。その期待が半音の動きと劇全体の時間へ受け継がれるとき、和音は欲望を考える入口になります。

暗がりに立つチェロの輪郭を、赤と金の光と金色の粒子が包む抽象作品。解決を待つ音楽の時間を考える視覚的導入
チェロの輪郭から、赤と金の光が暗がりへ流れる。解決を待つ時間を考えるための抽象作品。

短く答えるなら

トリスタン和音が欲望と結びつくのは、和音そのものが一つの感情を決めるからではありません。半音ずつ動く声部、戻ってくる響き、終幕まで持ち越される劇の期待が重なり、聴き手に「次の着地点」を意識させるからです。

冒頭に鳴る、ファ・シ・レ♯・ソ♯

《トリスタンとイゾルデ》の前奏曲は、チェロの歌うような旋律から始まります。東京・春・音楽祭の解説は、そこから立ち上がる半音階的な上行と、繰り返される動機が作品全体に続く憧れをつくり、終わりには静かに消えていくと読みます。

関西フィルのリハーサル記事が記す和音の4音は、F・B・D♯・G♯(ファ・シ・レ♯・ソ♯)です。和声の「解決」とは、張りを持つ響きが、より安定した和音へ移ること。新国立劇場の小室敬幸の一つの和声解釈では、ソ♯は次のラへ寄りかかる音として聴かれ、調の中心となる主和音へすぐ着地せず、そこへ導く役割の和音へ進みます。

和音、旋律、劇の結びを分けて聴く

聴く層起きていることどの時間を見るか
和音の響きファ・シ・レ♯・ソ♯が重なり、次の響きへの動きを求める一度に鳴る音の緊張
声部の動き最初の提示では、上声がソ♯からラ、ラ♯、シへ上がる半音ごとに変わる旋律と、響きの戻り
劇全体の結び局所的な終止と、ドラマの根本的な成就は同じではない幕開けから終幕までの期待

テキサス大学オースティン校の解説は、冒頭の上声をソ♯→ラ→ラ♯→シと追い、トリスタン和音が異なる高さで戻ってくることにも注目します。同じ4音がオペラの終わりまで鳴り続けるのではなく、旋律と和音が変わりながら、耳を次の響きへ運びます。

飯守泰次郎のリハーサル時の比喩では、個々の場面で和声が解決しても、劇の根本的な成就は最後の幕まで待たされます。ここでいう「解決」は、ある小節の和音が落ち着くことと、人物たちの望みが物語の中で満たされることという、異なる尺度を持っています。

哲学上の欲望を、音楽の説明と混同しない

テキサス大学のプロジェクトは、ショーペンハウアーの「意志」と不充足を手がかりに、トリスタンの欲望を解釈し、ワーグナーがその思想を選択的に作品へ取り入れた過程を論じます。これは研究者による作品解釈であり、ショーペンハウアー自身がこの和音に意味を与えたという話ではありません。

ここでの欲望は、ドーパミン量や脳の働きを説明する科学用語でもありません。音楽の中で期待が生まれ、いったんの満足が次の期待へ移る時間を読む、哲学とドラマの言葉です。

暗がりから流れる光を聴く

このページの抽象作品では、チェロの輪郭を包む金の粒子と、赤と金の光が画面の奥へ流れています。譜面の説明図ではなく、まだ見えない着地点へ視線を運ぶイメージとして置きました。前奏曲の半音の動きに重ねると、音が次へ進むたびに、耳は近づいたと思った着地点をもう少し先に見つけます。

欲望は、対象を手に入れる瞬間だけでなく、近づきながら距離を測る時間としても読めます。光の筋と粒子を追う視線も、到着を予感しながらその先へ誘われる。YOKUDŌでは、解決を待つ和声と、欲望が時間を伸ばす感覚を、この抽象作品の流れに重ねて読みます。

この読みの範囲

トリスタン和音の和声上の位置づけには複数の分析があります。同じ和音から全ての聴き手が同じ緊張や欲望を感じるわけではありません。ここでの欲望は和声と劇の作品読解であり、フロイトの死の欲動や心理診断とは別の話です。劇中の死を、現実の愛が成就する条件として一般化することもできません。

Sources