HORROR / FEAR / ENJOYMENT
ホラーはなぜ楽しい?
怖い場面に身をすくめながら、終わったあとには楽しかったと思うことがあります。ホラーは何かに脅かされる場面をつくりますが、そのときの恐怖、身体の高ぶり、楽しさとしての振り返りは同じ問いではありません。研究を読むときは、個々の場面への反応と体験全体の評価、映像を見ることと空間を進むことを分ける必要があります。
先に答えると
ホラーの恐怖と楽しさは同時に起こることがありますが、興奮や驚きは楽しさと同じではありません。場面ごとの評定と体験全体の振り返り、画面を見ることと空間を歩くことも、それぞれ別の経験として考えられます。
場面の怖さと、体験全体の楽しさ
Andersenらは、デンマークのお化け屋敷Dystopiaで一晩の現地調査を行いました。参加申込110人のうち18人を除いた92人を分析し、参加者のグループは42の部屋を進みました。研究者は心拍を連続記録し、三つのジャンプスケア場面を撮影しました。体験後には参加者自身が、各場面と体験全体の恐怖や楽しさを評定しています。
終了後に尋ねた場面別の自己評定では、恐怖が弱い場面や強い場面より、中間程度の場面で楽しさの評定が高いという逆U字型の関連が見られました。一方、体験全体の楽しさには同じ形は確認されませんでした。これはこの参加者群の場面評定に現れた形で、個人にとっての恐怖の「適量」や介入の目安を示すものではありません。
心拍の記録と、本人が評定した恐怖・楽しさは別の測定です。映像に記録された表情や身体の様子から別の人が推測した楽しさは、参加者本人の評定と有意な対応を示しませんでした。参加者はその施設を訪れた人たちで、移動や汗も心拍に影響しえます。映画やゲームを含むホラー全般へ、そのまま広げられる結果ではありません。
興奮していることは、楽しんでいることか
Kissらの研究は2021年春にオンラインで行われ、2024年に公表されました。参加者は20〜30秒のホラー映画クリップ10本を決まった順序で見て、恐怖、現実らしさ、嫌悪、興奮、楽しさを別々に評定しました。募集593人のうち、35人はクリップ視聴への同意がなく除外され、558人の回答が分析されました。女性が413人で、ホラー好きの参加者が多い標本です。
二つのモデルでは、嫌悪の強さは楽しさの評定と負に関連した一方、興奮の評定との有意な関連は見られませんでした。ただし、嫌悪と興奮の関連がないと証明されたわけではなく、嫌悪が二つの評定に示した関連の差を直接検定したものでもありません。心拍や脳活動を測った研究でもなく、短いクリップの評定から長編映画全体の楽しさを説明することもできません。
映像を見ることと、空間を進むこと
映画では、観客は画面と音を受け取りながら物語を見ます。アバターを操作する体験とも異なり、お化け屋敷のような没入型のホラーでは、作られた空間を自分の身体で進み、音や光、周囲の配置に囲まれます。恐怖の題材だけでなく、どこから見て、どのように場面を通り抜けるかも体験の形に関わります。
Susan Weidmannの論考は、ホラーを「歩いて通り抜ける映画」のような体験として、文学の想像、映像を見ること、空間に入ることの違いから読み解きます。これは文化的な解釈であり、空間を歩けば映像より強く怖くなると実験で確かめたものではありません。媒体や場面の違いを、単純な恐怖の強さの順位に置き換えないための視点です。
YOKUDŌの読み方:闇の先を待つ
ここでは、闇の中に何かの姿を当てるより、次に何が現れるかを待つ時間として読みます。ホラーを、驚いた一瞬の強さだけでなく、その先を待つあいだの経験として考えるための読解です。
ホラーをめぐる研究では、場面の恐怖、本人が感じた楽しさ、心拍などの身体反応、体験後の全体評価が別々に扱われます。何かに驚いたことだけから、それを楽しんだとも、怖がったとも決められません。見ることとその場を進むことの違いも残したまま、恐怖と楽しさが並ぶ時間を考えることができます。
Sources
- Andersen et al., “Playing With Fear: A Field Study in Recreational Horror,” Psychological Science 31(12), 1497–1510 (2020) — お化け屋敷の現地調査で、場面ごとの評定と体験全体の評価を分けて調べた研究。
- Kiss et al., “The role of excitement and enjoyment through subjective evaluation of horror film scenes,” Scientific Reports 14, 2987 (2024-02-05) — 短い映画場面の恐怖、興奮、楽しさなどを別々に評定したオンライン研究。
- Susan Weidmann, “‘It's Like a Horror Movie That You Walk Through’: Experiencing Horror Through Immersive Recreation,” Journal of American Culture 49(2), 121–130 (2026) — 2025年10月2日先行公開、2026年6月号。没入型ホラーを文化的・解釈的に論じる論考で、新規実験ではありません。